大合併―小説第一勧業銀行 (講談社文庫)

著者
出版者
講談社
価格
¥630

評価・詳細レビュー

(5.0点)
本書で描かれているのは、第一勧業銀行発足にあたっての合併劇である。第一勧業銀行といえば、今のみずほ銀行の前身であることはいうまでもない。そして、みずほ銀行といえば合併時にシステム障害を全国的に起こしたことでも知られている。

私はみずほ銀行ではないが、それに近い存在のオフィスで長期間働いた経験がある。中の社風も一介の請負とはいえ、統括部門に身を置いて経験したといえるだろう。そんな思いもあり、あまりビジネス小説は読まないのだが、本書を手に取ってみた。

本書は、合併の2年以上前からさかのぼる。合併の一方の当事者である第一銀行は、三菱銀行との合併を企図していた。が、その合併は合併契約の調印まで済みながら、流れてしまう。一部の経営陣の捨て身の反対によるものである。相対する銀行の規模が違うため、合併後に実質的に吸収される、という理由による。身を捨てた人こそが、第一勧業銀行の第一銀行側頭取として推進することとなる井上氏。井上氏を本書における主人公として物語は展開する。

本書は、小説という形態をとっているものの、登場人物はほぼ実名で登場する。当然、合併に伴う様々なドラマも実録である。おそらくは綿密な取材過程を経たのであろう。

第一勧業銀行の合併には当然日本勧業銀行側の頭取も主役となる。その横田頭取は、合併後の第一勧業銀行の頭取でもあり、全国銀行協会連合会の会長も務めた大物である。Wikipediaにも「横田郁」として項目が設けられている。それにもかかわらず、井上氏は項目がない。本書は公平に書き分けることを目したであろう。しかし、内容や視点のそこかしこに、井上氏側よりの視点をかすかに感じる。それはすなわち第一銀行の立場である。三菱銀行との合併破局という試練を超えた側だけに、情報量も幾分かは増えたためかもしれない。しかし、だからといって日本勧業銀行に他意を含んだ書き方かというと全くそんなことはない。

例えば本店所在地でも、丸の内にするか、内幸町にするか。一見して瑣末に見える問題である。が、その問題に両頭取がかなり拘泥し、緊迫したやりとりがあったようである。他にもまだある。第一勧業銀行のバンクマークとして私の記憶にも残っているハート。この制定過程などもかなり詳しく書かれている。用語統一の問題や店舗統合の問題、外部の人間からみると、合併してからが大変なように思える。しかし実は合併の要諦はそこにはない。合併発表してからですらない。むしろ合併発表前の下準備と下交渉。それをいかにマスコミにかぎつけられずにやりきるか。このあたりの交渉過程が実に面白く書かれている。

実は本書の主要人物として、両頭取以外にも日本経済新聞社の記者数名が登場している。合併交渉の当初から独自の嗅覚から見抜き、陰に陽に合併を支える日経紙の苦労と葛藤。これもまた本書の面白く、肝となるドラマである。

1971年(昭和48年)に合併は成るのだが、時はオイルショック、ドルショックを控えたいざなぎ景気の真っただ中。当時の過労死などものともしない戦う男たちが生き生きと書かれている。その姿は、今の元気をなくした日本にとって、気づきとなるのかもしれない。

'14/04/03-'14/04/06

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