国民ID制度が日本を救う (新潮新書)
評価・詳細レビュー
Yoshikazu Nagai
156 册
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156 件
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(5.0点)
構想がマスコミで取り上げられる前から、私は国民ID制度には賛成であった。国民ID制度が世の話題に上り始めた頃、制度に対し国民総背番号制云々といった揶揄が横行していた。私はそのような、本質とは違った世論を醒めた眼で眺めていた。
データ管理を行う上で、ユニークな番号、つまりIDを抜きにすることはあり得ない。データの集まりであるテーブルとテーブルを結びつける上で、ユニークなキーがあって初めて、テーブル間のデータに一貫性が保たれる。好むと好まざるにかかわらず、IDはデータ管理の上で欠かせないものである。言うまでもなく、国民ID制度が始まる前から、官公庁では国民のデータ管理が行われていた。データ管理を行う以上、IDはデータそれぞれに振られ、テーブル・システム間を結び付ける。実質的には国民ID制度が施行以前から行われていたといってよい。統一したIDがなく、当局の担当者毎の恣意によって割り振られたIDが国民公開されていなかっただけのことである。
私も国民ID制度をくまなく見た上で賛成した訳ではない。むしろ、感情的に反対したい気持ちも理解できる。しかし、IT技術者の端くれから見て、賛成以外の選択肢はありえない。データ管理を行う以上、各データテーブルを結びつけるキー項目となる、IDは避けては通れない。なお、私はIT技術で飯を食っているとはいえ、仕事上では国民ID制度に関する作業に携わったことはない。一利用者として、年に一回、e-taxでお世話になる程度の関わりである。
今は上に挙げたような感情的な反対意見は影を潜め、運用やセキュリティといった観点からの反対論が主流になっているようである。それら懸念については、私も理解する。国がその点について十分な説明を国民に尽くしたかと聞かれれば、疑問である。よりわかりやすく、より簡潔な国民ID制度についての書物は必須である。
本書の著者は、国民ID制度を推進する団体の方である。本書の内容も国民啓蒙書として、国民ID制度を推進する意図で書かれている。本来は国がなすべき国民への説明を、本書が替わりに担っているとも取れる。
啓蒙を目的としただけあり、本書の内容には参考になる点が多い。IT技術に疎い読者層に配慮し、記述は出来るだけ易しく、技術的な内容には深く触れない。暗号化やネットワークのルーティングの仕組みなど、IT門外漢を惑わせるような技術の説明も避けている。唯一技術面な説明がされているのは、IDのリレーションについての記述くらいだろうか。冒頭に、IDはデータ管理上必須と書いた。私が思うに、ID制度について反対した人々の真意は、ID管理そのものではなかろう。一意のIDで管理することで、そのIDが漏れるとすべての個人データにアクセス可能となる、そのことについての不安ではないかと思う。ただ、IDをキーとしたデータ間の連結は、制度の肝となる部分であり、逆にいうと不安を与えかねない部分である。果たして個人IDが漏れるだけで、全ての個人情報が漏れることはあるのだろうか。本書では日本以外の諸外国の事例も挙げており、それによると様々な考え方や運用方法があることが分かる。日本では内部で各データ間を関連させるためのIDが別に設けられており、そういった事例は考えにくいとのことである。このような説明こそ国によってもっと広く分かりやすく行われるべきなのである。
本書の主な構成は、ID制度が深く浸透したエストニアなどのID制度先進国の事例を参考に、ID制度で遅れをとった我が国の行政上の問題点の種々から、翻ってその利点を述べるものである。目次の各章を以下に挙げる。
第1章 あたりまえのことができていない国
第2章 国民ID制度は世界の常識
第3章 IT戦略の「失われた10年」
第4章 国民IDの不在が生み出す深刻な問題
第5章 行政システムを一気に変える起爆剤
第6章 情報漏洩はこうして防ぐ
第7章 便利で公平で安心な社会を目指して
東日本大震災での被災者対応の混乱、役所での手続きの煩雑さ。ID制度が整備されていれば、と思わされる点である。また、エストニアで実現した電子投票による投票率の向上と開票作業の迅速化などが長所として挙げられている。
だが、本書で取り上げた問題点や長所の事例によって恩恵を受けるのは誰か。それは行政である。行政内部での効率化に、ID制度は絶大な効果を発揮することであろう。本書でもその試算額を年間3兆円以上と謳っている。しかし、その恩恵を納税者たる我々国民はどれだけ享受できるのか。それこそが国民ID制度の問題点であり、わが国で頑強な導入反対論が勢力を保つ理由である。国民ID制度は、国民を直接的に幸せにできるのか。それこそが国民ID制度の構想当初から付いて回る問題である。この問題を解決せずして、ただでさえ実名開示が理解されづらく、プライバシーに敏感な日本では、国民ID制度は普及しないといっても過言ではない。残念ながら、本書の中で、その点については明快な解決案は提示されていない。間接的な、どこか奥歯に物が挟まったような長所しか述べられていない。たまにしか行かない役所での待ち時間短縮や、稀にしか起きない大災害での復旧速度アップだけだと長所としては弱い。
技術が生まれ、それが世に行き渡るための要因として、食欲・睡眠欲・性欲の俗にいう3大欲求が言われる。また、時間・空間・人間関係といった三つの「間」を埋めることのできる技術は、浸透も速い。
国民ID制度の場合、導入効果として行政内部の時間を埋めることに効果のほとんどが集中している。他のどのような「間」を国民ID制度は埋めることができるのだろうか。ただでさえ効率化が諸国に比べて突出している我が国で、国民ID制度の利点をどこまで提唱できるのだろうか。難しい問題である。年間3兆円以上の効果が国防に回るのか、福祉に回るのか、それとも建設業者を潤すだけに終わるのか。国民にはお金ではなく、上に挙げた「間」を埋めるだけの利便性を示したほうがよいように思える。
私個人の案としては、さらにネットワーク基盤が整備され、端末を通じた遠隔での諸作業が実現した際に、ID制度が威力を発揮するのではないかと考えている。例えば遠隔医療。例えば窓口対応。日常で遭遇する行列に着目すれば、自ずと利用分野も見つかることだろう。
しかし、それまではIDを利用したサービスの適用範囲を拡大していき、時間・空間を埋める基盤記述としてのID制度の利便性を訴えていくしかない。まず制度を見切り発車させ、その後で浸透させようとした総務省の判断も分からなくもない。が、その後の展開にこれといったブレークスルーが生まれなかったのが痛い。
本書では、そのための一つとして興味深い提案がされている。ID発行を免許更新センターに任せようというものである。日本での身分証明書として、自動車運転免許証はもはや欠かせないものになっている。免許情報の漏洩といった話も聞いたことがない。面白い提案だと思う。
いささか楽観的ではあるが、ID制度は、反対論がどう吹こうとも、ゆくゆくは当たり前のインフラとなっていくことと思う。私もIT技術に関わる者として、何か手伝えるように努力を続けたいと思う。
’14/05/23-‘14/05/27
データ管理を行う上で、ユニークな番号、つまりIDを抜きにすることはあり得ない。データの集まりであるテーブルとテーブルを結びつける上で、ユニークなキーがあって初めて、テーブル間のデータに一貫性が保たれる。好むと好まざるにかかわらず、IDはデータ管理の上で欠かせないものである。言うまでもなく、国民ID制度が始まる前から、官公庁では国民のデータ管理が行われていた。データ管理を行う以上、IDはデータそれぞれに振られ、テーブル・システム間を結び付ける。実質的には国民ID制度が施行以前から行われていたといってよい。統一したIDがなく、当局の担当者毎の恣意によって割り振られたIDが国民公開されていなかっただけのことである。
私も国民ID制度をくまなく見た上で賛成した訳ではない。むしろ、感情的に反対したい気持ちも理解できる。しかし、IT技術者の端くれから見て、賛成以外の選択肢はありえない。データ管理を行う以上、各データテーブルを結びつけるキー項目となる、IDは避けては通れない。なお、私はIT技術で飯を食っているとはいえ、仕事上では国民ID制度に関する作業に携わったことはない。一利用者として、年に一回、e-taxでお世話になる程度の関わりである。
今は上に挙げたような感情的な反対意見は影を潜め、運用やセキュリティといった観点からの反対論が主流になっているようである。それら懸念については、私も理解する。国がその点について十分な説明を国民に尽くしたかと聞かれれば、疑問である。よりわかりやすく、より簡潔な国民ID制度についての書物は必須である。
本書の著者は、国民ID制度を推進する団体の方である。本書の内容も国民啓蒙書として、国民ID制度を推進する意図で書かれている。本来は国がなすべき国民への説明を、本書が替わりに担っているとも取れる。
啓蒙を目的としただけあり、本書の内容には参考になる点が多い。IT技術に疎い読者層に配慮し、記述は出来るだけ易しく、技術的な内容には深く触れない。暗号化やネットワークのルーティングの仕組みなど、IT門外漢を惑わせるような技術の説明も避けている。唯一技術面な説明がされているのは、IDのリレーションについての記述くらいだろうか。冒頭に、IDはデータ管理上必須と書いた。私が思うに、ID制度について反対した人々の真意は、ID管理そのものではなかろう。一意のIDで管理することで、そのIDが漏れるとすべての個人データにアクセス可能となる、そのことについての不安ではないかと思う。ただ、IDをキーとしたデータ間の連結は、制度の肝となる部分であり、逆にいうと不安を与えかねない部分である。果たして個人IDが漏れるだけで、全ての個人情報が漏れることはあるのだろうか。本書では日本以外の諸外国の事例も挙げており、それによると様々な考え方や運用方法があることが分かる。日本では内部で各データ間を関連させるためのIDが別に設けられており、そういった事例は考えにくいとのことである。このような説明こそ国によってもっと広く分かりやすく行われるべきなのである。
本書の主な構成は、ID制度が深く浸透したエストニアなどのID制度先進国の事例を参考に、ID制度で遅れをとった我が国の行政上の問題点の種々から、翻ってその利点を述べるものである。目次の各章を以下に挙げる。
第1章 あたりまえのことができていない国
第2章 国民ID制度は世界の常識
第3章 IT戦略の「失われた10年」
第4章 国民IDの不在が生み出す深刻な問題
第5章 行政システムを一気に変える起爆剤
第6章 情報漏洩はこうして防ぐ
第7章 便利で公平で安心な社会を目指して
東日本大震災での被災者対応の混乱、役所での手続きの煩雑さ。ID制度が整備されていれば、と思わされる点である。また、エストニアで実現した電子投票による投票率の向上と開票作業の迅速化などが長所として挙げられている。
だが、本書で取り上げた問題点や長所の事例によって恩恵を受けるのは誰か。それは行政である。行政内部での効率化に、ID制度は絶大な効果を発揮することであろう。本書でもその試算額を年間3兆円以上と謳っている。しかし、その恩恵を納税者たる我々国民はどれだけ享受できるのか。それこそが国民ID制度の問題点であり、わが国で頑強な導入反対論が勢力を保つ理由である。国民ID制度は、国民を直接的に幸せにできるのか。それこそが国民ID制度の構想当初から付いて回る問題である。この問題を解決せずして、ただでさえ実名開示が理解されづらく、プライバシーに敏感な日本では、国民ID制度は普及しないといっても過言ではない。残念ながら、本書の中で、その点については明快な解決案は提示されていない。間接的な、どこか奥歯に物が挟まったような長所しか述べられていない。たまにしか行かない役所での待ち時間短縮や、稀にしか起きない大災害での復旧速度アップだけだと長所としては弱い。
技術が生まれ、それが世に行き渡るための要因として、食欲・睡眠欲・性欲の俗にいう3大欲求が言われる。また、時間・空間・人間関係といった三つの「間」を埋めることのできる技術は、浸透も速い。
国民ID制度の場合、導入効果として行政内部の時間を埋めることに効果のほとんどが集中している。他のどのような「間」を国民ID制度は埋めることができるのだろうか。ただでさえ効率化が諸国に比べて突出している我が国で、国民ID制度の利点をどこまで提唱できるのだろうか。難しい問題である。年間3兆円以上の効果が国防に回るのか、福祉に回るのか、それとも建設業者を潤すだけに終わるのか。国民にはお金ではなく、上に挙げた「間」を埋めるだけの利便性を示したほうがよいように思える。
私個人の案としては、さらにネットワーク基盤が整備され、端末を通じた遠隔での諸作業が実現した際に、ID制度が威力を発揮するのではないかと考えている。例えば遠隔医療。例えば窓口対応。日常で遭遇する行列に着目すれば、自ずと利用分野も見つかることだろう。
しかし、それまではIDを利用したサービスの適用範囲を拡大していき、時間・空間を埋める基盤記述としてのID制度の利便性を訴えていくしかない。まず制度を見切り発車させ、その後で浸透させようとした総務省の判断も分からなくもない。が、その後の展開にこれといったブレークスルーが生まれなかったのが痛い。
本書では、そのための一つとして興味深い提案がされている。ID発行を免許更新センターに任せようというものである。日本での身分証明書として、自動車運転免許証はもはや欠かせないものになっている。免許情報の漏洩といった話も聞いたことがない。面白い提案だと思う。
いささか楽観的ではあるが、ID制度は、反対論がどう吹こうとも、ゆくゆくは当たり前のインフラとなっていくことと思う。私もIT技術に関わる者として、何か手伝えるように努力を続けたいと思う。
’14/05/23-‘14/05/27
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