ドストエフスキーの詩学 (ちくま学芸文庫)
ドストエフスキーが多次元性や矛盾性を発見し、理解することができたのは、精神においてではなく、客観的で社会的な世界においてなのである。この社会的な世界においては、複数のレベルとはそれぞれ何らかの段階を示すのではなく、対立し合う複数の人間集団を示すのであり、それぞれの間の矛盾した関係とは、人格がたどる上昇・下降の道程ではなく、社会の状況を表しているのである。つまり社会的現実の多次元性と矛盾性が、時代の客観的な事実として提示されているのだ。…ドストエフスキーの芸術的ヴィジョンの基本カテゴリーは、生成ではなく、共存と相互作用だったということである。…様々な段階を成長過程として並べるのではなく、それらを同時性の相で捉えたうえで、劇的に対置し対決させようとする。(p.56〜57)