しかし、すべてがことばに置き換えられるわけではなく、身体はときといsてことばにならない痛みや予想を超えた難産を経験することがある。シャーマンのことばは、そのような体験にことばを与え、受け入れがたい苦痛を受け入れられるようにするのである。そして、それが意味を持つのは、シャーマンの語るムウの道や魂を取り戻す物語が、クナの人々にとって真実とされているからであり、人々に共有されているからだ。こんなふうに、レヴィ=ストロースは出産が人々の信念に支えられていること、それを利用して物語が難産を救う力をもつのだと述べている。
出産がその文化のコスモロジー(世界観)と密接に関わっていることは、現代日本でも同様だ。…それが神への信仰か医学への信仰かの違いはあっても、人々の世界観に基づいている点で同じである。誕生や死という特別のできごとには、その文化の世界観が大きく表れることや、それらの世界観が必ずしも合理的なものでなくても、人々の行動や経験を左右する力があることが、このクナの例から明らかになる。
--出典:
妊娠と出産の人類学―リプロダクションを問い直す