遺産相続ゲーム―五幕の悲喜劇
アントーン
宮殿の南から北へ。つがいになって、巣をつくるのです。ほらご覧なさいまし。鳥たちは飛びながら空に記号を書いています。メッセージです。愛情のアルファベットです。心臓だけが読むすべを心得ている—もしも読み方を学んだなら、ですが。公証人さま、お気づきではございませんか?言葉がひとつ欠けているのが?
アルミーニウス
いや。もしかしたら子どもたちの文法だけが、足りないのでは?
アントーン
旦那さま、きにかかることがございます。ひとつの貴重な、かけがえのない言葉がこの宮殿から奪われたのです。この宮殿がその言葉を話せるようになる日は、けっして二度とこないでしょう。そしてひとつの言葉の死は、沈黙のはじまりなのでございます。
アルミーニウス
それはどういうことなんです?
アントーン
旦那さま、つまりそれは、この家が、ほかのどの家とも異なっている、ということでございます。普通の家ではございません。
アルミーニウス
たしかに、この家は異常で不愉快だ!
アントーン
この家は生きております。
アルミーニウス
えっ?
アントーン
この家は呼吸をしております。返事もする。生き物なのです。
アルミーニウス
あなた、最近ずっとひとりだったのではありませんか?
アントーン(きびしく)
これは手前の義務ではございますが、この家に逗留なさる方には、どなたさまにも、はっきり説明しておかねばなりません。つまり、この巨大な宮殿全体は、たった一枚の、誤ることのない、生きた鏡でありまして、この鏡は、映しだされた像をすべて、その実像に投げかえし、その実像のほんとうの姿を明らかにしてみせるのです。...(略)
P32-33
--出典: 遺産相続ゲーム―五幕の悲喜劇
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