現代日本の問題集 (講談社現代新書)
評価 : (5.0点)

今の日本を取り巻く状況。今の日本人はどう思っているのだろう。危機感に駈られている人。他人任せでなすがままの日々を送る人。人類の善意と叡知に希望を託す人。諦めを隠すために、多忙な仕事に没頭する人。人によって考え方も人生観も色々である。私にそれを批評する資格はないのはもちろんである。

私はどうだろう。上に四つ挙げた中では、最後の立場に近い。家庭と仕事、自己の充実をはかるのが精一杯であり、日本をめぐる諸問題については深く考える間もなく、今の状況に諦めを持ちつつある。

諦めといっても、政治に対して無関心となったわけではない。選挙にもいくし、問題意識をもって自分なりに勉強し、メディア経由で意見は表明するつもりである。私にとっての諦めとはそのような個人的なことではない。それは、今の日本を取り巻く問題についてである。私の生きている間に、日本が自発的に、自らに対して効果的な処方箋を書くことはないのではないか、という諦めである。

先人たちの築き上げた努力により、今の日本は世界に誇れる国になっている。連綿と伝わる文化。保たれる謙譲の美徳。先進国の一員に名を連ね、開国や敗戦といった挫折を乗り越え、繁栄を謳歌する我が国。それでいて、精神的な面で人類に貢献できる余地を残していることは素晴らしいこと。日本人は自国の長所をもっと自負してもいい。

だが、完璧なものなどないし、完璧な国など存在しない。日本もまた同じ。ゆっくりと、着実に、この国を蝕みかねない問題の数々に、今の日本は囲まれている。

それらの問題は、多岐にわたっているため、一挙に、分かりやすく把握することはとても難しい。諸問題に通じた識者が、易しく問題を解説してくれる書は、望まれるところである。

本書は、その一冊である。

著者はジャーナリズムの世界で名をなした方である、広く視野をもち、確固たる芯を抱いて論ずるスタンスは、本書のような時事概説書には相応しい。

本書で取り上げられた問題は、「集」と銘打つだけはある。特定の角度に狭まることなく、広く視野をもって集めている。著者と編集者の吟味の跡が窺える。章題は以下の通りである。

第一章 日本を襲う九つの不安
第二章 官尊民卑からの脱却
第三章 カルト教団の暴走と忖度社会
第四章 医療費の膨張と老後の不安
第五章 ショッピング・リテラシーを身につける
第六章 フリーエージェント社会へ
第七章 動物との二一世紀的つきあい
第八章 新しいタイプの事件・事故
第九章 イラク戦争のヴェトナム化
第十章 危険地帯取材の是非
第十一章 北朝鮮とどうつきあうか
第十二章 いいかげんな実名報道と匿名報道
第十三章 凶悪犯罪はすべて起訴すべきである
第十四章 心神耗弱を廃止せよ
第十五章 恫喝的言論との訣別
第十六章 人権論の暴走

誰もが取り上げる題材もあれば、著者独自の問題意識からでたものもある。中でも刑法や民法のありかたについて、現行法の不備を斬ったあたりは、著者の面目躍如といってもよいだろう。本書は2004年の発行だが、問題のどれもが、十年後の今も古びていない。また、このような問題提起の際は、IT技術がもたらす弊害も取り上げがちである。が本書はそこには触れない。触れないが故に、技術の進歩に取り残された、古びた記述が見られない。それを見越してIT技術に関する記述を本書から除いたのであれば、著者の慧眼に賛嘆する。

あとがきで著者が本書のポイント4つについて述べている。

1、二極思考からの脱皮
2、複数の選択肢から「よいとこ取り」が可能な時代になった
3、恫喝的な発想と縁を切る
4、日本人が強く問題とすべき諸問題を一人で俯瞰できた。

この中で、1、と3、には大いに賛成である。バブル終焉後の二十年余り、歴史認識において、論壇では1、と3、に言われるように、二極思考や、論破を目的とした論調が目立っていたように思う。

ただし、1、と3、のスタンスにも難がないわけではない。万人を納得させるための処方箋としては、有効なのだが、時間がかかり過ぎるのである。しかも本書の紙数からも、エッセンスの記述が精々となってしまう。その結果、本書の提示する解決案では自体が膠着しがちとなり、日本人が自分で解決する前に、外圧によって変えられてしまう。私はこれを恐れている。そして諦めを抱いている。

始めに私が書いた諦め、とはこういった矛盾を指す。

本書の示すスタンスが有効であっても、私が生きているうちに、これらの問題は解決されるのであろうか。</p>
<p class="paragraph">ただ、例え解決されないにしろ、問題の所在を知ることとそうでないこと。この間には大きな隔たりがある。本書のような時事概説書の意義も、そのようなところにあるのではないだろうか。

’14/05/17-’14/05/21


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