菊と刀 (講談社学術文庫)
このような神経過敏さは、人と競争して負けた場合に特に顕著に現われる。それは就職のさいに自分以外の人が採用されたとか、あるいはまた、当人が競争試験に落第したにすぎないことがある。歯医者はそのような失敗のために「恥をかく」。そしてこの恥は、発奮の強い刺激になる場合もあるが、多くの場合は危険な意気消沈を引き起こす原因となる。彼は自信を失い、憂鬱になるか、腹をたてるかどちらか、あるいは同時にこの両方の状態におちいる。彼の努力は阻害される。
日本の子供たちは競争を遊び半分に考えおり、対して気にかけない。ところが青年や成人の場合には、競争があると作業能率がぐんと低下した。単独でしている時には良好な進歩を示し、しだいに間違いの数も減り、速度も増していった被験者が、競争相手といっしょに仕事をさせると、間違いしだし、速度もはるかに遅くなった。彼らは彼らの進歩を、彼ら自身の成績と比較しつつ測定する時に、最も良好な成績を挙げた。ところが、他人と比較測定する場合にはそうはゆかなかった。この実験を行った数人の日本人学者は、競争状態に置かれた場合にどうしてこのように成績が悪くなるか、という理由を正しく分析している。彼らの説明によれば、問題を競争でやるようになると、被験者たちは負けるかもしれないという危険にすっかり心を奪われ、仕事の方がおるすになってしまう。彼らはあまりにも鋭敏に、競争を外から自分に加えられる攻撃と感じる。そこで彼らは、彼らが従事している仕事に専念する代わりに、その注意を攻撃者との関係に向けるのであった。
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