どこから行っても遠い町 (新潮文庫)
おれは何も決めなかったと思っていた。決めているのは、おれ以外の者たちなのだと思っていた。でもそれは、違っていた。
おれは、生きてきたというそのことだけで、つねにことを決めていたのだ。決定をする、というわかりやすいところだけでなく、ただ誰かと知りあうだけで、ただ誰かとすれちがうだけで、ただそこにいるだけで、ただ息をするだけで、何かを決めつづけてきたのだ。
「だって、家が買えちゃうじゃない、わたしが働けば」
軽く言って、おれの言葉を一蹴する。おれの給料だけでは家は買えない、と言わないのが、干秋のやさしさである。
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