昭和十七年の夏 幻の甲子園―戦時下の球児たち

著者
出版者
文藝春秋
価格
¥1,680
(5.0点)
私の実家は甲子園であり、幼少のころから大和球士氏の書く大人
向けの野球史書などを読む子供であったため、未だに本書のよう
な秀作に出会うたびに、心が高鳴る。

本書は戦前最後の中等野球大会として開催されながら、主催者が
朝日新聞社ではなく文部省とされたため、幻の中等野球大会とし
て球史からもほとんど抹消されかかった大会の経過と、その大会
に出場した選手たちの人生模様を丹念に描いた作品である。

一回戦から決勝までの全試合について、対戦相手2校の存命選手
から話を聞き取り、彼らの野球にかける思いと、その思いをぶつ
けた試合の様子が克明に記録されていく様は、一級のスポーツノ
ンフィクションである。

ナンバーによくあるような選手の克明な心の動きを追うというよ
りは、すでに老境に入った元球児達の回想を元に構成されている
ため描写が客観的に抑えられており、それが却って当時の状況を
鮮明に伝えてくれる。

また、聞き取った相手の方の戦争への関わりや、戦後についての
エピソードも載っており、青春盛んな時期に野球を思いっきりし
たかったという無念さが簡潔な文体の行間からにじみ出てくる。
談話を録った方々の名前は敬称略ではなく、さん付けで記されて
いる律義さにも好感が持てた。

それにしても国威発揚の名の元に球場という名の戦場に出された
選手たちの悲愴なこと。

戦場ゆえに選手交代は認めないという、今のルールではありえな
い運営が行われ、タイガース史で名が残る富樫選手が、剛球投手
として、一回戦から決勝戦まで進みながらも、途中で肩を壊し、
ほとんど投げられる状態でないのに決勝戦も完投させられ、投手
生命を絶たれたエピソードは、この大会の奇形ぶりを表す点とし
て印象に残った。

元選手が著者に語った言葉が印象的であった。
「平和な時代に思いっきり野球がやりたかったです。僕らの時代
の球児は皆、そう思っているんじゃないですかね」

'12/02/14-'12/02/16

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