金融大崩壊―「アメリカ金融帝国」の終焉 (生活人新書)
【まえがき】
株式市場、債権市場、外国為替市場、国際商品市況の4つの市場が発しているサインはあくまで目に見える現象ですが、本書では、それぞれのマーケットを点だとすれば、点と点を結びつけて、 面や立方体に組み立てることによって、現在起きていることの水面下の動きを知るための一つのアプローチを示したいと思います。
本書の結論は、16世紀に資本主義が始めって以来の地殻変動がいま起きていて、サブプライムローン問題はちょうど、 その中間点だということです。そうであれば、まだこの先、20年、30年、激動の時代が続くということです。

【あとがき】
サブプライムローンと新自由主義は、資本-国家-国民の三者連合を断ち切ったことで、後世にその名を残すこと になるでしょう。近代資本主義下では、「大きな物語」を信じて多くの人が中産階級になることが出来たのですが、 それが2008年に終わってしまった可能性が高いのです。
それは同時に「主権国家の時代」の終焉でもあり、「資本の帝国」の時代の幕開けでもあります。1995年以降、 国際資本の完全移動性が実現したことで、資本は国家に対して優位に立ったのです。
「国民」(中産階級)中心の資本主義から「資本」中心の資本主義へと時代の歯車を回してきたのが、 新自由主義の旗印を掲げてきたアメリカです。その主役がアメリカの5つの投資銀行でした。2008年9月 に、その5つの投資銀行がすべて事実上消滅してしまいました。アメリカの経済構造そのものが「投資銀行」 でしたので、この時点でアメリカは世界の主役の座から降りることになりました。
08年7月から、世界の投資家はアメリカ「投資銀行」帝国から資金を引き揚げています。いわば、アメリカ「投資銀行」帝国は 設立以来、初めて取り付け騒ぎにあっているのです。
歴史の舞台回しは一人ではできないのが歴史の教訓のようです。16世紀の大航海時代に中世から近世・近代 への時代の扉を開けたのは、スペイン世界帝国でした。それでも、スペインの時代は前半戦だけで、後半戦になると スペインに代わってオランダ、イギリス、フランス、ドイツといった主権国家が主役に躍り出ました。その前半戦と後半戦 を分けたのが、1557年のフェリペ2世の財政破綻宣言でした。
1543年の南米ポトシ銀山の発見で、無から有のお金を手にしたカール5世は、スペインと国境を接している5つの国と 同時に戦線を開くことができたのですが、結局お金を使いすぎて、息子のフェリペ2世がその後始末に追われました。この時 「世界システムが躓いた」(I・ウォーラーステイン)わけで、実際、ヨーロッパは20年不況に陥りました。
1557年のスペイン財政破綻宣言に匹敵するのが、2008年の5つの米投資銀行破綻です。1995年以降、 アメリカ「投資銀行」帝国は「すべてのお金がウォール街に通じる」システムを築き上げて、投資家たちは金融資産 を100兆ドル増やしました。
元来、貯蓄が少ないアメリカにとって、「投資銀行」帝国化することで、まさに「無から有」のお金を手にしたことになるのです。 その最終局面で起きたのがサブプライムローン問題でした。
サブプライムローン問題に端を発した「100年に一度あるかないかの金融危機」(グリーンスパン前FRB議長)で 16世紀以来再び、「世界システムが躓いた」のですが、そのあとに待ち構えている世界は、08年以前とは全く 別の世界である可能性が高いでしょう。
近代資本主義とは工業化であり、その仕組みのもとで厚みのある中産階級を生みだすのが近代国家であるとすれば、 もっとも成功したのが日本でした。実は「100年に一度あるかないかのの金融危機」は「日本輸出株式会社」の危機その ものなのです。それを懸念したのが、08年10月に起きた日経株価の一時7000円割れです。82年の水準に戻ってしまったのです。
世界経済・社会は激変の時代を迎えて、08年に前半戦がようやく終わったばかりです。後半戦はもっと激変の時代になるでしょう。 現在はサブプライムローン問題をクールダウンするための、一時の休戦にすぎません。
激変の時代を反映して動いているのは株価であり、為替であり、国際商品市況です。企業が激変の時代に対応すべく 必死に適応し、その成否を「資本の帝国」の投資家が判断しているからです。為替も、国と国の通貨の交換比率を表していますので、 激変の時代に対する適応力を評価して為替市場は大きく変動しています。
その一方で、激変の時代に微動だにしない市場があります。国債市場です。とりわけ、日本の10年国債の利回り は97年9月中旬に2.0%を下回ったままです。2.0%以下の水準が12年目に突入して、こ08年9月には17世紀「ジェノバ の世紀」に記録した11年の記録を更新しました。日本の10年国債利回りが12年にわたって2.0%以下で推移している というのは、「国家の退場」(スーザン・ストレージ)を象徴しており、「大きな物語」が終わったことを示しています。
1970年以前は「大きな物語」が成り立っていたので、「大きな政府」が機能していました。ところが、 サブプライムローン問題に端を発する世界的金融危機に直面して、各国は財政出動の大きさを まるで競っているかのようです。
新興国が大型の財政出動をしても、それは今後、高成長することで財政赤字を解消することができるでしょうが、 先進国が積極財政に転じても、期待した通りの効果は得られないと思います。先進国では、いまでも「大きな物語」 が消滅したままだからです。
今後20年、あるいは30年続くであろう激変する時代を見通す上で、毎日、上へ下にとジェットコースター のように動く株式やマーケットがある一方で、さざなみさえも立てない債券市場があります。その両方が発している サインを読み解きながら、日本のあるべき姿を考えていくことが重要だと思います。