赤ちゃんを産むということ―社会学からのこころみ (NHKブックス)
子どもを産み育てることは、まさにこの「時間の無駄」を膨大にすることなのだが、M・エンデによれば「時間の無駄」こそが輝ける永遠の時間としての「時間の花」(意味の源泉)へと至る道なのであった。子どもという弱者とともに生きるこどは、我々に、意味の源泉へのひとつの道を開いてくれるとは言えまいか。

したがって、マイナス感の第二の根拠は、現代社会の倒錯した価値観そのものにある。出産・育児の世界においては、引っ張るのではなく「待つ」こと、力まないで「リラックス」すること。ありのままの自己と他者を「受容」することが大切である。が、業績達成に重きを置く現代の競争社会では、逆に、ゆっくりと機が熟すのを待っていないで積極的・主体的に攻めて「達成」すること、「緊張」すること、自己と他者をを「制御」することが必要である。現代産業社会の成功者、業績競争社会で自己実現を素早くなし遂げる者は、「達成」「緊張」「統制」の達人である。産育世界の「待機」「リラックス」「受容」の価値は、産業社会の「達成」「緊張」「統制」の価値と、背反している。