そしてややカラミがちに、「ぼくがどうして寅さんが好きか知ってますか」と、山田監督に自分が寅さん映画が好きな理由を語り出したんです。
それによると、なんでも、彼のお父さんはバスの運転手をしていたそうです。堅物で、めったに笑わない人なのだけど、お酒を飲むとちょっとだけ笑ってくれる。ただ、酒乱の気があって、お母さんに暴力を振るってしまう。彼はそれがイヤで、お父さんがお酒を飲み始めるといつも別の部屋に逃げていました。
でも、そんなお父さんが、お酒を飲まなくても唯一笑う瞬間があった。それが寅さんの映画を見ているときでした。その友人は、「お母さんには内緒だぞ」といいながら、お父さんが映画館につれていってくれるときが、いちばんうれしかったそうです。
とはいえ、お父さんは不器用ですから、いつも映画館の席をうまく取れずに立ち見になる。まだ子供だった彼の背の高さではスクリーンが見えません。だから、ずっとお父さんの顔を見上げているんです。寅さんを見て笑っているお父さんと、それを見上げる彼。お父さんが笑うたびに、自分も幸せな気分になる・・・・・・。
「だからぼくは寅さんが好きなんです」とその友人はいいました。 小山薫堂(P280)
--出典:
しかけ人たちの企画術