シベリア抑留―未完の悲劇 (岩波新書)
評価 : (5.0点)

会ったことはないけれど、妻の祖父はシベリア抑留の経験者だという。
話によれば、おちゃめなところもありながら、内面は強い人だったとか。
普通の人なら痛みに耐えられない症状にも関わらず、癌で亡くなる少し
前まで仕事を続けていたという。その人となりは妻からみても敬するに
値する人だったらしい。

そういった祖父の人格が生まれついてなのか、それともシベリア抑留体
験によるものかはわからないけれど、シベリア体験をあまり話したがら
なかったという。そのことから、戦後数十年を経ても心の中に重しをつ
けて沈めてしまいたい体験だったことは確かだと思う。

仮に祖父が本書を読んだとしても、その体験の一片をも本書が伝えてい
ないといって憤慨するかもしれない。これは何も本書を貶めて書く訳で
はなく、むしろ本書の中で体験者の言葉として繰り返し語られる言葉と
して紹介されている。今までに色んなシベリア抑留に関わる書物が出版
されたけれど、その惨状はあんなものではない、あの日々をつぶさに書
き切ったものはなかった、と。

本書はそういった人々の言葉を掬い上げつつ、文章では描ききれない現
実がかつてシベリアの地にあったことを自覚しながら、それでもシベリ
ア抑留の実態をできる限り書こうと努力しているのがわかる。

その視点は、ソ連側にも関東軍側にも厳しく注がれ、右だ左だといった
偏った立場には与していない。また、シベリア抑留を単なる捕虜虐待の
問題から区切っている思想教育や軍隊生活の反動による様々な問題につ
いても、それらに加担した人々を不必要に悪者にすることなく冷静に被
害者と加害者の両面をもつ人々として描写している。

ソ連の労働力確保のための政策の一環として、不必要に抑留された彼ら。
シベリアの大地に散った人々も、生き残ってしまった人々も合わせて、
抑留された被害者が背負った歴史の重みを少しでも受け止め、支えにな
ろうという筆者の気概や覚悟を読み取ることのできる本である。

最後に、筆者は私より6歳しか年長ではなく、戦争を知らない世代であ
ろうとも先輩から歴史を受け継いでいくことはできる、ということを身
を以て示していると思える。私も年配者とお話をする機会があれば、聞
いてみるようにしたいと思う。

'12/1/17-'12/1/18


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