悪の教典 上
評価 : (5.0点)

著者の作品はかなり読んできたつもりである。各著作に共通して
思うのは、物語舞台の地理感覚を大事にしているということ。舞
台がそこでなければならない、という必然は設定上あまりない。
しかし、一旦ここと定めた舞台に対しては描写を惜しまない。そ
のため、舞台を知る読み手にとっては物語のイメージを容易に想
うことができる。

著者のデビュー作である「十三番目の人格‐ISOLA‐ 」からすで
に、私の故郷である兵庫県西宮市が舞台となっている。市内各所
を想いながら、物語に没入できた私。本書では町田市にあるとさ
れる高校が舞台になっている。我が家のすぐ近くである。冒頭の
烏の視点から町田を鳥瞰する描写だけで、私はもちろん、町田市
民にとって、或るイメージが喚起されたであろう。

それは、町田、すなわち悪。

なぜ著者が本書の舞台を町田に設定したのかはわからない。わか
らないが、想像を許されるのであれば、団地で起こった殺人事件
や、駅前でたびたび起こる暴力団がらみの事件が、著者の舞台設
定に影響を与えていたのではなかろうか。

本書の諸設定と町田には関係はないし、実際の展開からしてもそ
うである。しかし、町田の地理を丁寧に描いているために、前述
の事件報道の刷り込みもあって、町田でならこのような悪が遂行
されてしまう、といった無意識のイメージを読み手に刷り込む。
これは、著者のすぐれた描写能力によるものである。町田市民と
して皮肉なしに見事だと思う。

上巻では、主人公であるハスミンの、校内で生徒や同僚教師から
の信頼を勝ち得、隠然たる勢力を伸ばしていく様が丁寧に描かれ
ている。ハスミンの精妙な戦略が校内で育っていく様と、同時に
顕れるハスミンの異常性が、あちこちで繕えなくなるほころびと
ともに表現されていく様は、読み応えがある。

それはちょうど、ジェットコースターが山場に向かって、徐々に
登っていく様に似ている。

'12/05/20-12/05/24


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