家守綺譚 (新潮文庫)
つぶやき
評価・詳細レビュー
引用
……布団から頭だけそろりと出して、床の間を見ると、掛け軸の中のサギが慌てて脇へ逃げ出す様子、いつの間にか掛け軸の中の風景は雨、その向こうからボートが一艘近づいてくる。漕ぎ手はまだ若い……高堂であった。近づいてきた。
――どうした高堂。
私は思わず声をかけた。
――逝ってしまったのではなかったのか。
――なに、雨に紛れて漕いできたのだ。
高堂は、こともなげに云う。
――会いに来てくれたんだな。
――そうだ、会いに来たのだ。しかし今日は時間があまりない。
高堂はボートの上から話し続ける。
――サルスベリのやつが、おまえに懸想をしている。
――どうした高堂。
私は思わず声をかけた。
――逝ってしまったのではなかったのか。
――なに、雨に紛れて漕いできたのだ。
高堂は、こともなげに云う。
――会いに来てくれたんだな。
――そうだ、会いに来たのだ。しかし今日は時間があまりない。
高堂はボートの上から話し続ける。
――サルスベリのやつが、おまえに懸想をしている。
庭・池・電燈付二階屋。汽車駅・銭湯近接。四季折々、草・花・鳥・獣・仔竜・小鬼・河童・人魚・竹精・桜鬼・聖母・亡友等々々出没数多……本書は、百年まえ、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。
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