……布団から頭だけそろりと出して、床の間を見ると、掛け軸の中のサギが慌てて脇へ逃げ出す様子、いつの間にか掛け軸の中の風景は雨、その向こうからボートが一艘近づいてくる。漕ぎ手はまだ若い……高堂であった。近づいてきた。
――どうした高堂。
私は思わず声をかけた。
――逝ってしまったのではなかったのか。
――なに、雨に紛れて漕いできたのだ。
高堂は、こともなげに云う。
――会いに来てくれたんだな。
――そうだ、会いに来たのだ。しかし今日は時間があまりない。
高堂はボートの上から話し続ける。
――サルスベリのやつが、おまえに懸想をしている。
--出典:
家守綺譚 (新潮文庫)