暴走する「世間」―世間のオキテを解析する (木星叢書)
夫の側が、家庭は「癒しの場」や「憩いの場」だというときには、根底にはこの「母子関係」がある。つまり、自分が癒される場所、憩える場所だと考えている。そかし妻の側にとって、家庭はあくまで「夫を癒してあげる場」や「夫を憩わせる場」なのである。そこに「癒される自分」は存在しない。このちがいは決定的である。(p128)