とおくはなれてそばにいて―村上龍恋愛短編選集
ね、なにかいるような気がしない?と彼女は言った。

『何かがどんどんあたしの中に入ってきちゃうの、まるでその何かがあたしを引っ張るみたいに、あなたをどんどん好きになっていくのよ、ムードに酔っているだけだって自分に言いきかせるんだけど、だめなの』

私も同じ気持ちだった。

お前少しおかしいんじゃないか、と自分に言いきかせたが、気分は妙に浮わつき、彼女との別れの日を恐れているのだった。

コート・ダジュールには甘い魔ものが潜んでいるのだ、と気付いたが、もう遅かった