流れ行く者―守り人短編集 (偕成社ワンダーランド 36)
「父さんは用心棒として当然の仕事をしただけだから、サドルは恩義を感じる必要はないって言いたかったんでしょう? だけど、それでもさ、気持ちってもんがあるじゃない。命も、大事な酒場も守ってもらったら、ありがとうって思うのが当然じゃない。」
 そう言うと、ジグロはゆっくりとまばたきをした。
「それは、そうだ。」
「じゃ、どこが……。」
 バルサが眉根をよせると、ジグロは静かな声で言った。
「――おれが、勘ちがいをしていると言ったのは、おまえの怒りのほうだ。
 おまえがサドルに怒ったのは、人としての道理のことだけではなかろう。おれが、もっと報われてしかるべきだと、思ったからだろう。」
 バルサは、ちょっと虚をつかれて、おしだまった。考えてみると、たしかにそうかもしれなかった。
 ぼんやりと視線を天井にむけたまま、ジグロはつづけた。
「サドルに恩義なんぞ感じてもらわなくとも、おれはじゅうぶん報われている。」
 かすかに眉根をよせて、バルサは、養父の静かな顔を見ていた。養父の言葉の意味は、わかるようで……わからなかった。