小話と教訓劇の文学。…人間の悪徳や欠陥を…高慢や慈愛の欠如やキリスト教的な善行の閑却などに結びつけないで、一種の大いなる非理性に…結びつけている。狂気の摘発が批判の一般的な形式となる。〈笑劇〉や阿呆劇では、〈馬鹿〉や〈間抜け〉や〈阿呆〉の人物がますます重要さをます。この種の人物は…真実の保持者として舞台の中央に位置を占める。…狂気が、各人を盲目状態にさそいこみ、身を滅ぼさせるのに反して、馬鹿は各人にその真実を思い出させる。…高尚な文学においても、〈狂気〉は理性と真理が働いているその核心において作用している。…狂気はまたアカデミックな仕事にも用いられている。それは論説の対象であり…これらすべての論説に対して、他方…ジェローム・ボッシュから…ブリューゲルにいたる画像の長期間の支配時代がある。(p.30-31)
--出典:
狂気の歴史―古典主義時代における