赤ちゃんを産むということ―社会学からのこころみ (NHKブックス)

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システム化された出産に対して、人間的な出産のあり方を求める運動は、すでにあちこちで始められている。それらは、「過剰介入」に対して「自然の尊重」を、「管理」に対して「自由」を、「専門家の支配」に対して「産む側の主体性と権利」を対置する。そして、医療の対象として身体へと部分化された分娩ではなく、家族の出来事としての社会的・文化的にトータルな出産をめざしていく。
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子どもを産み育てることは、まさにこの「時間の無駄」を膨大にすることなのだが、M・エンデによれば「時間の無駄」こそが輝ける永遠の時間としての「時間の花」(意味の源泉)へと至る道なのであった。子どもという弱者とともに生きるこどは、我々に、意味の源泉へのひとつの道を開いてくれるとは言えまいか。

したがって、マイナス感の第二の根拠は、現代社会の倒錯した価値観そのものにある。出産・育児の世界においては、引っ張るのではなく「待つ」こと、力まないで「リラックス」すること。ありのままの自己と他者を「受容」することが大切である。が、業績達成に重きを置く現代の競争社会では、逆に、ゆっくりと機が熟すのを待っていないで積極的・主体的に攻めて「達成」すること、「緊張」すること、自己と他者をを「制御」することが必要である。現代産業社会の成功者、業績競争社会で自己実現を素早くなし遂げる者は、「達成」「緊張」「統制」の達人である。産育世界の「待機」「リラックス」「受容」の価値は、産業社会の「達成」「緊張」「統制」の価値と、背反している。
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ひとつの生命をこの世に送り出すことは、愛らしさと共にうっとおしさを、楽しさと共にしんどさを、喜びと共に苦悩を、引き受けることである。子どものいる人生は、単に愛らしさや楽しさや喜びに満ちているだけでなく、うっとおしさやしんどさや苦悩にも浸されている。その上、未成熟な子どもは、大人に対して社会的弱者である。だから、子どもを産むことは「弱者と繋がりながら生きる」ことになる。弱者を抱え込んだ人間は、能率よく動けない。業績達成に重きを置く現代社会の競争の場で、「弱者と繋がりながら生きる」ことは不利である。
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