遺産相続ゲーム―五幕の悲喜劇
アレクサンドラ
私がまだ子どもだったころ、ときどき死は私を遊び相手にしたわ。あとになって私たちは一緒に仕事をした。いつも、いっしょだった。ある日私は気がついたの。死が私を甘やかしはじめているって。風変わりな小物を、死は私にプレゼントしてくれたものよ。たとえば、ぜいたくな別れとか、かわいらしい額のしわとか、美しく磨き上げた氷片のように透明な孤独とか。しだいにプレゼントが価値の高いものになってきたので、私、彼は本気なんだなって、わかったのよ。
(物思いにふけりながら、セバスティアンをながめる)
そうしてとうとう彼、私の恋人になったわ。
・・・(略)・・・
アレクサンドラ
愛ってものはね、坊や、弱虫にはよりいっそう向いてないの。——しばらくあなたをひとりにしておくわ。忘れないで、ちょっとでも動いたら死んでしまうから。じゃ、馬鹿なまねはしないこと!
・・・(略)・・・
アレクサンドラ
あんたって子は、まったく絶望させてくれるんだから!私の恋人はね、楽な思いをするのが嫌いなの。彼はね、爪を立て歯をむきだして自分に逆らってもらうのが、お望みなのよ。これは礼儀作法の問題なの。じゃお友だち、またあとで。
(退場)
P173-176
アントーン
手前が―旗幟鮮明に?自分の色を明らかにする?虹の所有者であるこの私が?青。黄。オレンジ。赤。紫。プリズムであるこの私が、自分の色を明らかにしなきゃならん?私はすべての色を通し、すべての色を明らかにする。私は色など知らないのだ。すべての色は色ではない。光だ。闇だ。
(彼はろうそくを消す。すると家全体が夢のように活気をおびる。喘ぎがひどくなり、ミシミシ、メリメリと、ものがずれる音。壁や床が動きだしたかのようである。ほこりがハラハラと天井からこぼれる。蹄の音が近づき、立ちどまるのが聞こえる。いくつもあるギャラリーのひとつで、一瞬、そのすき間から白馬の首が見える。パニックに陥っていて、眼を見開き、歯をむき出している。と同時に宮殿がゆれる。アントーンは暗がりの中に立ったまま動かず、言う)
私は色盲だ。
幕
(P121)
誓って申しあげますが、マダム、手前どもにとって方角は一つしかございませんが、主人は同時に四方すべてにむかって歩けたのでございます...... (P71)
アントーン
宮殿の南から北へ。つがいになって、巣をつくるのです。ほらご覧なさいまし。鳥たちは飛びながら空に記号を書いています。メッセージです。愛情のアルファベットです。心臓だけが読むすべを心得ている—もしも読み方を学んだなら、ですが。公証人さま、お気づきではございませんか?言葉がひとつ欠けているのが?
アルミーニウス
いや。もしかしたら子どもたちの文法だけが、足りないのでは?
アントーン
旦那さま、きにかかることがございます。ひとつの貴重な、かけがえのない言葉がこの宮殿から奪われたのです。この宮殿がその言葉を話せるようになる日は、けっして二度とこないでしょう。そしてひとつの言葉の死は、沈黙のはじまりなのでございます。
アルミーニウス
それはどういうことなんです?
アントーン
旦那さま、つまりそれは、この家が、ほかのどの家とも異なっている、ということでございます。普通の家ではございません。
アルミーニウス
たしかに、この家は異常で不愉快だ!
アントーン
この家は生きております。
アルミーニウス
えっ?
アントーン
この家は呼吸をしております。返事もする。生き物なのです。
アルミーニウス
あなた、最近ずっとひとりだったのではありませんか?
アントーン(きびしく)
これは手前の義務ではございますが、この家に逗留なさる方には、どなたさまにも、はっきり説明しておかねばなりません。つまり、この巨大な宮殿全体は、たった一枚の、誤ることのない、生きた鏡でありまして、この鏡は、映しだされた像をすべて、その実像に投げかえし、その実像のほんとうの姿を明らかにしてみせるのです。...(略)
P32-33
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