鈴木先生(11) (アクションコミックス)

つぶやき

中学校、そして演劇を題材にして、社会、人間について我々が言語化できないまま抱えるもやもやが、驚異的な密度の言葉と絵で徹底的に暴露されている。

評価・詳細レビュー

(5.0点)

参考になった人:0人   参考になった
(5.0点)

参考になった人:0人   参考になった
(5.0点)

参考になった人:0人   参考になった

引用

演劇指導で教わったよ…

一見クールでものを良く見ていると自分でも誤解しがちな虚無主義は…
自分の気に入ったそれっぽい他人の文言を神聖視して…
ものごとの一面しか見ず…
そんな自分の体験と実感を絶対視して葛藤から逃れているということでは
楽観主義者と同じ「盲信」と「思い込み」の住人に過ぎないって…

何事も鵜呑みは危険だし…
何に対しても疑いの目を向ける「留保」の心は大切だけど──
「そんなことあるはずない」って
感情レベルで不信感の奴隷に成り下がってしまったら
それはそれでやっぱり「盲信」になってしまう

常に葛藤しているだけでも
やっぱり経験は偏ってしまう!

だから…時には
いったん疑いを完全に捨て去るテクニックも必要だって…

なぜなら迷いを捨てて
一心に打ち込まなければ開かない扉も存在するから

そしたらね…
ある子が先生に言ったんだ…
「先生…演劇って実際(リアル)の人生よりめんどくさくて難しいんだね」って…

そしたら先生こう言ったの…
演劇で要求される面倒で困難なことの多くは…実は
実人生でも本来要求されていることなんだって

実人生の多くが
芝居よりたいがい面白くないのは──

実人生が芝居より面白くないものだからじゃなくて──
たいていの実人生が「つまらない芝居」と同じく
出演者やスタッフたちの工夫や努力…
熱意や研鑽が足りないか 的をはずしているからに過ぎないのかもしれない…

(『鈴木先生』第11巻 小川蘇美のセリフより)
お気に入りにいれた人:0人   お気に入りに追加する

「中学の生徒たちに一教師という立場で語る」という著しい言語的制約を課した上で、言葉の力をこれほどに信じて進められていく物語は希有であろう、という点だ。本編の主人公・鈴木先生が子供たちに訴えつづけているのは、知ることではなく、自ら考えることの大切さである。
そして一人一人が考え、さらには互いの考えをぶつけあうことで、年齢、性別を超えて、いついかなるときであってもそこに神経を集中させねばならぬ、「自分とは本当は何者であるのか?」という唯一無二の命題に誰もが立ち向かっていけるようになる──作者の武富氏は本作を通して繰り返しそう語っているように思える。(解説:白石一文より抜粋)
お気に入りにいれた人:0人   お気に入りに追加する

ウィッシュリストへ追加
非公開
タグ

メモ


ライブラリへ追加
非公開
評価
 
読書ステータス
つぶやく
タグ

メモ


タグを入れることで、書籍管理ページで、タグ毎に書籍を表示することが出来るようになります。
また、スペース区切りで入力することで1つの書籍に複数のタグをつけることもできます。

※注意: このタグはあなたの管理用だけでなく、書籍自体のタグとしても登録されます。あなた以外の人に見られても問題ないタグをつけてください。
ウィッシュリストからライブラリへ移動
評価
 
読書ステータス
つぶやく