社会を変えるには (講談社現代新書)

著者
出版者
講談社
価格
¥1,365
 現象学を社会学にとりいれたのが、現象学的社会学です。これがのちに、エスノメソドロジーという学派にもつながり、「構築主義」という考え方になります。
 これらで重視されるのは、自分も世界も相手も、作り作られてくるものだから、それがどんなふうに構築されているのかを考えるということです。この作り作られてくる関係のことを、リフレクシビティreflexivityと言い、「反映性」とか「再帰性」とか訳されます。
 構築主義的な研究テーマは、たとえば現在の「女」や「男」の概念や役割などは、どのように作られてきたのか、などです。「男並みに働く」か「女らしく主婦になる」かのどちらかを選べという発想は、「女の役割」がもとからある、遺伝子で決まっている、という発想にもとづいています。
 そうではなくて、工業化をはじめとした歴史的変化や、社会関係のなかで、どうやって「女」が作られてきたか、それと同時に「男」もどう作られてきたか、を考えるわけです。「日本人」と「朝鮮人」がどう作られてきたのか、とか、国益や社会問題はどう作られてきたのか、といった研究などもあります。
 たとえは、尖閣諸島問題は、いつから問題だったのでしょうか。領海や排他的経済水域が陸地から十二海里とか二〇〇海里で決められるという取り決めができる前は重要度は低く、もっと昔はどうでもよい岩の塊でした。一九七八年の日中平和友好条約の際も、ほかに重要な項目があったので、棚上げされました。(p356)
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 ここではあらかじめ「私」や「あなた」がある、それが相互作用する、という考え方を個体論とよびましょう。それにたいし、関係のなかで構成されてく、相手も自分も作り作られてくる、という考え方を関係論とよびましょう。
 人間は、なかなか個体論的な発想から抜け出せません。やっぱりあなたが悪い、私が正しいと思い、あれこれの観測を数えあげてしまう。そのところで、「ちょっと待て、いったん頭を空にしてみよう」という知恵が必要です。それを「エポケー」といい、日本語では「判断停止」などと訳します。
 このような考えをフッサールは、第一次大戦前から唱えていましたが、戦後に広く受け入れられていきました。戦争の体験、科学の変化、ドイツ社会の動揺などが重なって「絶対ということはありえない」という感覚が背景になっていたと思われます。(p352)
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 それでは、こう考えたらどうでしょうか。最初から「私」や「あなた」があるのではなくて、まず関係がある。仲良くしているときは、「すばらしいあなた」と「すばらしい私」が、この世に現象します。仲が悪くなると、「悪逆非道なあなた」と「被害者の私」が、「私」から見たこの世に現象する。これを、「ほんとうは悪逆非道なあなたのことを、私は誤認していた」と考えるのではなく、そのときそのときの関係の両端に、「私」と「あなた」が現象しているのだ、と考える。
 つまり、関係のなかで「私」も「あなた」も事後的に後世されてくる、と考えるわけです。関係の中で作られてくるわけですから、どちらが正しいということは言えません。向こうが怒ればこちらも腹が立ちます。向こうが笑えばこちらも警戒心を解きます。関係は変化しますから、「私」も「あなた」も変化します。おたがいが、作り作られているのです。(p351)
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フッサールとその後継者が提唱した考え方は、主体と客体、「私」と「あなた」はあらかじめ存在するのではなく、「志向性」のなかで事後的に後世されるのだ、ということでした。この考え方を、私なりに説明します。
 けんかをすると、「あなたがそんのな人だとは思わなかった」ということがしばしばおきます。近代科学の考え方では、私は「あなた」を誤って認識していた、今回新しい観測データが入ったので正確な認識に改めた、ということになります。
 ところが、そういう考え方をすると、けんはもっとひどくなります。「私だってそんな人間だとは思わなかった」とか「あなたの認識は間違っている」と、相手は言い返します。それに対し、「あなたの認識のほうこそ間違っている」と応じて、おたがいに罵りあいようになります。
 近代的な考え方では、どちらが正しいか、あるいはどちらも間違っているとしても、どこかに正しい「真実」があって、それを人間は把握できるとされます。離婚訴訟などは、どちらの認識が正しいのかを立証しようとします。
 かといって、記憶は変形しやすいし、それぞれが言っていることは、誤認やうそがあるかもしれません。そこで、殴られたときに医者にかかった診断書や、録音していおいた罵りあいなどの、証拠を提出して「真実」に迫ろうとします。くりかえしになりますが、これは「私」と「あなた」を正確に観測すれば、その相互作用としての世界を把握することができる、という考え方を前提にしています。(p348)
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 子どもに学歴をつけさせるためには、収入が必要になります。そうでなくても男性の雇用と賃金が不安定化しているので、専業主婦ではやっていけなくなり、女性の労働力率が上昇します。男性の賃金が下がって働く女性が増えると、いろいろな意味で余裕がなくなる家庭も増え、それだけが原因ではありませんが、家庭が不安定化するとも言われています。
 失業と非正規は全体に増えますが、年長者の正規雇用の維持が優先されることなどのため、とくに若者でそれらが増加します。なかなか安定した収入が得られないので、親元同居が長期化して、晩婚化と少子化が進みます。
 これらは、先進諸国でほぼ共通しておきた現象です。ただし多少のバリエーションもあります。
 社会保障が整っている国、たとえば北欧諸国では、収入が少なくとも親元を出ても大丈夫なので、親元同居が長期化しない傾向があります。それにたいして、社会保障が整っていないか、あってもそれが家族単位でできている国、たとえば正規雇用の親のもとを離れたら非正規の若者は健康保険に入れないといった制度の国では、親元から出て行きません。日本や南欧諸国などでは親元同居の長期化がみられます。(p21)
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長期安定雇用の人が減るので、福祉のための税収や積立金などが減少します。労組と労働政党も弱くなるので、福祉の切り下げがおこり、格差がますます激しくなります。正規雇用が減り、就職争いが激しくなります。低い学歴では「マックジョブ」に就くしかありませんから、大学進学率が上がります。
ただし、かつてのように、みんなが受験競争をするというかたちにはなりません。家庭が豊かで成績のいい層は競争が激しくなりますが、それ以外は中堅以下の学校にに行っても将来が知れているので、意欲が下がって勉強をしなくなる層が増えます。こうして、親の格差が子どもの世代でも再生産されることになります。(p20)
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日本でもいまでは、育児支援や休職制度を活用して仕事をやめなかった女性の方が、専業主婦になった女性より、生涯に産む子どもの数はむしろ多いとされています。育児支援などがない状態で、女性が従来の性役割を守り、出産して、育児や家事も全部やりながら仕事もすると、疲労で疲れるか、うつ病になるか、児童虐待か離婚か……などに行き着きがちです。(p394)
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保守主義の逆機能の一つは、少子化です。ポスト工業社会においては、日本、スペイン、イタリアなど、伝統的な性役割にもとづいた価値観や制度の国のほうが、少子化が激化する傾向があります。
なぜかといえば、男性の平均賃金が下がり、女性が働きにでざるをえないのに、保守主義が障害になって対応ができないからです。男性は家事をしない、休職制度も保育園も整備されていない、というのでは、女性は子どもを産まないか、あるいは結婚しません。出産して主婦になったとしても、働きにでられないと収入が少ないので、何人も産みません。保守的な価値観が、逆効果になっているのです。(p394)
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一九六〇年代から八〇年代の日本では、安定雇用が広がったので、それ以前の時代より、生活様式やライフサイクルが均質化しました。男なら一八歳か二二歳まで学校に行き、新卒で就職して、着実に給料があがり、六〇歳で引退する。女なら二四歳までに結婚して、三〇歳までに二人の子どもを産み、三五歳で子育てを終えて、パートに出たあと、老いた親を介護する。農民や自営業者もいるけれど、それはそれで、「伝統的」な行動様式を保っている層です。
 こういう社会は、きわめて政治や政策をやりやすい。「労働者」や「地域」の代表が議員になり、「雇用者」「農民」「主婦」「高齢者」といった分類に対応した政策をとればいいからです。
たとえば日本の年金制度は、結果的には、こういうコンセプトて組み立てられたと言われます。雇用者は給与天引きで会社と折半して厚生年金を積み立てる。自営業者や農民は国民年金に入って、自分で納入する。もらえる年金は、雇用者が定年まで勤めると月額二〇万円くらいのことが多いのに、国民年金は満額でも六万円程度にしかならない。しかし農民や自営業者は六〇歳以後も働けるし、自宅があって、息子が跡を継いで嫁が面倒をみてくれるから、月額六万円でも問題ない。
 問題は、上のような類型にあてはまらない人が、たくさん出てきたことです。たとえば持ち家がないのに、厚生年金に所属できなかった、高齢の元非正規労働者や元零細企業労働者。廃業して跡継ぎがいない、高齢の元自営業者などです。近年では、それが増大し、今後ますます増える傾向が固定してきました。こういう問題の多い制度をそのままにして、財源がないから税金だけ上げる、というのでは格差の是正になりませんし、賛成もできません。
 経済政策も同様です。以前だったら、公共事業で道路や港湾を整え、業界団体の人に話をつければ、企業が誘致できて経済が成長し、公共事業で支出したぶんはとりもどせることになっていました。要するに「こうすればこうなるだろう」という予測が立ちやすかった。それが成りたたなくなってきたのです。(p375-376)
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現代の誰しもが共有している問題意識があります。それは、「誰もが『自由」になってきた」「誰も自分の言うことを聞いてくれなくなってきた」「自分はないがしろにされている」という感覚です。これは首相であろうと、高級官僚であろうと、非正規雇用労働者であろうと、おそらく共有されています。それを変えれば、誰にとっても「社会を変える」ことになる(p434)
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社会を変えたい、と思う人は多いでしょう。しかし、実際には変えられるとは思えない。そもそもどうしたら「社会を変える」ことになるのかわからない。選挙で投票しても、自分が政治家に当選しても、それで変えられるのだろうか。そう感じている人は多いのではないでしょうか。〈略〉しかし一方で、デモがおきているのをみると、もしかしたら代わるのかもしれないと思う。〈略〉いま日本でおきていることがどういうことなのか。社会を変えるというのはどういうことなのか。歴史的、社会構造的、あるいは思想的に考えてみようというのが、本書の全体の趣旨です。(p3-5 はじめにより)
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