21世紀家族へ―家族の戦後体制の見かた・超えかた (有斐閣選書)

著者
出版者
有斐閣
価格
¥1,785
死亡率の低下が家族生活に及ぼした影響は、いくら強調してもしすぎることはありません。大人になってからも人はいつ死ぬか分からないという状態から、死はもっぱら高齢者に訪れるものという今日のような状態への転換は、結婚生活や家族生活に長期的な安定を与えました。人類史上初めて結婚は、そして家族は、一生その中で暮らしていけると信頼するにたる制度となったのです。それにともなって人生の予測可能性が(predictability)がかなりの程度高まり、また誰の人生もたがいに似かよってくるという画一化(standardization)も進みました。誰もが似たようなライフコースを歩み、似たような家族を作った時代。〈略〉これこそが近代家族の時代でありました。
さらに、二〇世紀、特に第二次世界大戦後の先進国、いわゆる「豊かな社会(affluent society)」で可能になった社会の全階層での完全雇用の実現や高い消費水準の達成といった経済的条件も、画一性をいっそう強める方向に作用しました。そしてもちろん、〈略〉家族や子どもへの愛に至上の価値をおくイデオロギーも。近代は、というより二〇世紀は、まざに「家族の時代」でありました。(p240)
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公的な世界も私的な世界も、その分かたれかたも、それ全部含めて「社会」なのです。家族なんて、ましてや女と男の関係なんて、政治や経済とは関係がないと思われるかもしれませんが、実は恐ろしいくらい連動しているのです。(p100)
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家事というのは要するに、支払われない労働以外のなにものでもありません。別の言い方をすると、「市場化されない労働」とも言えます。〈略〉家事というと、ここが大事なところなんですけれども、とても古い種類の労働だと思いませんか。人間は誕生して以来、ずうっと暮らしてきたんだから、身の回りのことをする家事も、ずうっとあったはずだ。だから会社でしているような種類の仕事に比べて、家事という仕事は歴史的にも古いだろうと。ところが、それは間違いです。〈略〉近代社会になって市場化がかなり進んで、「売れる仕事」と「売れない仕事」とがはっきり分けられるようにならなければ、「これが家事だ」と指し示すことはできない。(p38)
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経済産業省は女性を企業の労働力にしたい、厚生労働省は家庭介護の担い手として女性をあてにする。一人の生身の女がいったいどうしたらそんなにたくさんの役割を果たせるものか、自分でやってみたら,と言いたくなります。〈略〉今のままだと女性たちは知らない間に制度改革の狭間に落っことされて、主婦になることも、主婦でない生き方も選ぶこともままならない、袋小路に追い込まれてしまいます。
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近代の母親は二つのものの代理機関でもあります。一つは医者です。近代になって衛生という考えかたが生まれ、人々は日常生活の細部にまで、神経質なほど気を配るようになりました。母親というものは、子どものみならず、夫や家族の全員に対して、手を洗いなさいとか、何を食べちゃいけないとか、いちいちうるさく口を出しますね。これは、十八世紀〜二十世紀に母親に要請された「病気予防者」としての役割です。
それから母親は、周知のように、学校の教師の代理機関でもあります。「衛生」と「教育」といえば、近代社会がその内側まで踏み込んで人間を管理する、中心的な制度です。(p69)
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人はなぜ子どもを産むのか。これから時代には、この問いが大きな謎とならざるをえません。経済的に役に立つから産む(生産財としての子ども)のでも、みんなが産むから産む(近代家族の規範)のでなくなれば、人は自由になるかわり、子どもを産む理由を自分で見つけ出さなくてはならなくなります。楽しいから産む(耐久消費財としての子ども)、もう少しもっともらしい言いかたをすれば、子育て自体がかけがえのない人間的な体験をもたらしてくれるから産む、結局のところそれしかないでしょう。(p196)
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現代、子どもを生み育てなければならないと、その必要性を真に実感しているのは、家族でも、ましてや個人でもありません。将来の労働力を確保しなくては、と考えるのは国家だけです。本当は国境を越えた労働力の移動を自由にすれば、そんな心配はなくなるのですが、そうすると「国家」の存在基盤もあやしくなりますから、近年の出生率低下をめぐる政府、マスコミあげての大騒動は、そんなあたりを背景にしています。(p196)
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ヨーロッパ人と話をしていると、四十代以下の人であれば、相当しっかりした地位にある人でも、パートナーを「妻」や「夫」ではなく「ガールフレンド」「ボーイフレンド」として紹介してくれることが多いのですが、スキャンダルでも聞いたように驚いてはいけません。現在ではあたりまえの習慣なのですから。(p233)
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「個人の時代」が来る、などというと、なんだまたか、と思う人がいるかもしれません。個人を尊重する民主的な家族の時代が来る、というのは、戦後、家制度が終わったといわれた時期も、さんざん繰り返されたスローガンでしたから。しかし、今回問題になっていることは、それとは一風違います。理念としての個人主義が望ましいからそれを実現しようなどというきれいごとではなくて、システムが否応なく個人を単位とする方向へ変わりつつあるというのです。(p242)
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「個人化する家族」という概念を最初にはっきり打ち出したのは家族社会学者の目黒依子です。〈略〉家族という観点から見ると、婚姻の公的意味づけの消失、一生を通じて、あるいは人生のかなりの期間、子どもや配偶者をもたないライフコースの一般化など、家庭に属するということが人々にとって必ずしも自明でも必然でもない社会の到来を指し示しています。若い世代がそうした生き方を志向するばかりでなく、つれあいに先立たれた高齢者のように、そうした暮らしを余儀なくされる局面ももちろんでてきます。「家族生活は人の一生の中であたり前の経験ではなく、ある時期に、ある特定の個人的なつながりをもつ人々とでつくるもの」となる、すなわち家族生活は一つのライフスタイル、人生のエピソードの一つとなると目黒はいいます。(p242)
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主婦が安心して主婦をやっていられるためには三つの条件が必要だとわたしはかねがね考えています。夫は死なない、夫は失業しない、離婚しない、の三条件です。人口転換で達成された第一条件はともかく、完全雇用が崩れつつあり、離婚率も上昇中の今日、第二、第三の条件は風前の灯火です。そんな状況で主婦になることを選択できるのは、よほど勇気のある人か、見通しの甘い人だというほかありません。(p249)
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これからの時代、主婦になる選択をする女性は、遠からずまた経済的等の理由で仕事につく可能性が大きいこと、仕事につかない場合は主婦特有の悩みにとりつかれる恐れが少なからずあることを知っておくべきです。そしてそういう状況に自分はどう対処するのかを、あらかじめ考えておく。子どもが小さいうちも、自分のアイデンティティの拠りどころとか生き甲斐を家庭生活以外に持ち続けておく、できれば社会ですぐにでも通用するように自分の能力や技術を磨き続けておく、そんな心がけがあれば、ずいぶん違うのではないでしょうか。(p168)
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第三世代(1950~75年の間に生まれた世代)もまた、第二世代(1925-50年の間に生まれた世代)のきょうだいネットワークの恩恵をこうむっているのを忘れてはいけないでしょう。子どもに期待できない第二世代は、もうすでに、お互いどうしで支えあいを始めています。夫に先立たれた姉妹たちで、さて久しぶりに水入らずで旅行にでも出掛けましょうか、といったことから始まって、病院に行くのにつきあう、とか、あるいは寝込んだときに食事を届けあげるとか……。戦後、都市に集団移住してきた彼女たちは、育児のときに活躍したネットワークを、今度は自分たち自身のために活性化しているのです。心強い「叔母さん」がいることで、第三世代はどんな助けられていることか。
本当に深刻な事態は、この第三世代が老い始めたときに始まります。きょうだいもいなければ、子どももあてにならない。いったいわたしたちはどうしたらいいのでしょうか。
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毎日新聞社人口問題調査会の家族世論調査によると1981年と1990年を比べると、結婚時の親との同居割合全体はあまり変わらないものの、妻方の親との同居が10年で二倍近く増え(6.0%→10.6%)、その分夫方の親との同居が減っています(34.8%→28.2%)。〈略〉
現代の若夫婦は、両方の親の間の潜在的な綱引きの、たいへんな緊張関係の中にいます。しかし当の二人も、双方のご両親も、どうぞ肝に銘じてください。現代の若夫婦は、〈略〉どちらかの家に入りきってしまうことはできないのです。
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子ども二人の場合、女の子しかいない確率は、四分の一です。「男・男」「男・女」「女・男」「女/女」の四とおりなので、「女・女」は四軒に一軒です。父系制の原則どおり家制度を続けていけば、代替わりごとに四軒に一軒の家は潰れるということになります。これはたいへんなことです。四組の老夫婦のうち一組は子どもの支えを失い、四つに一つの墓は無縁仏になるということなのですから。(p204)
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一家の子ども数は二人になりました。それぞれの家は純粋な父系制、すなわち男の子が跡を取り、女の子は他家へ嫁に行くシステムをとることにします。次男(あるいは非跡取り)は家を出てもいいけれども、とにかく一人は男の子が残る。そして、女の子しかいない家は潰れるということにします。さて、そうすると、潰れる家は何軒に一軒の割合で生じるでしょうか。(p203)
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